実家に帰るたびに気になる空き家
昔は気にならなかったのに
実家に帰るたびに、最近気になることがあります。それは空き家です。
子どもの頃はまったく気にしていませんでした。友達の家があって、商店があって、近所のおじさんやおばさんがいて。それが当たり前の景色でした。
ところが大人になって久しぶりに実家へ帰ると、「あれ?」と思うことがあります。昔は人が住んでいた家なのに、今は誰も住んでいない。庭の草が伸びていて、雨戸も閉まったまま。そんな家を見かけることが少しずつ増えました。
空き家は意外と身近です
空き家というと、どこか遠い話に聞こえるかもしれません。しかし実際はとても身近です。
実家の近所や通学路、昔よく遊んでいた場所。気づけば空き家になっていることがあります。
私も仕事で空き家を見ていますが、「こんなところにも空き家があるんだな」と思うことは今でもあります。空き家は特別なものではなく、すぐ近くにある存在なのかもしれません。
実家の周りを歩くと気づくこと
実家へ帰ると、少し散歩をすることがあります。昔と同じ道を歩いているはずなのに、景色が少し変わっています。
新しい家が建っている場所もあれば、空き家になっている家もあります。昔は犬がいた家。いつも花がきれいだった家。子どもの頃に友達が住んでいた家。
そんな家が静かになっているのを見ると、少しだけ寂しい気持ちになります。
実は自分の実家も関係あるかもしれません
空き家を見ていると、ふと思うことがあります。
「自分の実家はどうなるんだろう」
ということです。
今は親が元気に暮らしていても、10年後や20年後はどうでしょうか。兄弟が遠方に住んでいたり、自分も地元を離れていたりすると、実家について考える機会はあまりありません。
ですがある日突然、「実家をどうしよう」という話になることもあります。実際、そういう話は決して珍しくありません。
空き家の庭は正直です
仕事柄、たくさんの空き家を見てきました。その中で思うのは、空き家の庭はとても正直だということです。
人が住んでいる家は庭も手入れされています。しかし空き家になると、草は遠慮なく伸びます。本当に遠慮しません。
こちらの都合などお構いなしです。
「ちょっと待って」
と思っているうちに、想像の3倍くらい育っています。
前回の記事でも書きましたが、庭を見ると家の様子がなんとなく分かります。空き家の庭は、その家が過ごしてきた時間を教えてくれるような気がします。
空き家を見ると考えること
空き家を見るたびに、「もったいないな」と思うことがあります。
もちろん、家にはそれぞれ事情があります。すぐに使えるわけではない家もあります。
それでも、まだ十分使えそうな家もたくさんあります。長い間家族を守ってきた家です。できればまた誰かに使ってもらえたらいいなと思います。
まとめ
実家に帰るたびに気になる空き家。昔は気にならなかったのに、年齢を重ねるにつれて目に入るようになりました。
もしかすると、それは実家や家族のことを考える年齢になったからかもしれません。
空き家は意外と身近な存在です。そして、いつか自分にも関係する話になるかもしれません。
このブログでは、これからも空き家の現場で感じたことや、実際に見てきたことを書いていこうと思います。また次回も読んでいただけるとうれしいです。

